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福岡地方裁判所 昭和44年(わ)584号 判決

被告人 今永公男

昭一〇・九・二三生 労働組合役員

主文

被告人を懲役六月に処する。

ただし、この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、その二分の一を被告人の負担とする。

理由

一、認定事実

(被告人の経歴)

被告人は、昭和二九年三月福岡県立福岡高等学校を卒業し、同年四月郵政省職員となって九州郵政研修所に入所し、昭和三〇年四月から博多郵便局に勤務し、昭和三四年六月からは福岡中央郵便局通常郵便課に勤務し、昭和四三年七月一〇日に懲戒免職処分を受けたが、その間昭和三〇年四月全逓信労働組合(以下「全逓」という。)に加入し、昭和三五年に全逓福岡中央郵便局支部青年部幹事となり、昭和三七年に全逓福岡中央支部執行委員に選出され、役員を一期休んだのち昭和四二年八月から同支部書記長となり、昭和四四年八月からは同支部支部長の地位にあった者である。

(犯行に至る経過その一)

全逓は、昭和四四年四月当時、いわゆる春斗を行っていたが、同月一〇日夕方、全逓福岡地区本部青年婦人部がその一環として福岡市荒戸町所在の福岡地方簡易保険局前において春斗総決起集会と称する集会を開き、集会に引き続いて同市天神四丁目三番一号所在の福岡中央郵便局まで集団示威行進を行うこととなった。これに対し、福岡中央郵便局長能条彬は、右示威行進の参加者らが許可なく同郵便局構内に集団で立入り集会等を行うことも予期されたところから、その有する庁舎管理権に基いてこれを防止する措置をとることとし、同日、「庁舎および敷地内の集会やデモは、許可しておりませんので、直ちに、解散して退去して下さい。」と記載した立看板を同郵便局通用門付近に置き、また、同郵便局次長金丸成はじめ各課長らに対し右示威行進の参加者らの同郵便局構内への立入りの制止、現に立入って集会など開いた者への解散退去命令の発付などを指示し、具体的状況に応じて必要な措置をとる権限を与えた。そして、組合側は、同日午後五時半ごろから全逓組合員ら三〇〇名位が前記福岡地方簡易保険局前に集って予定どおり集会を行い、引き続いて集団示威行進に移ったが、右福岡中央郵便局長の指示によりその立入りの制止等の措置にあたることとなった右金丸ら同郵便局管理職員二〇数名は、右集会の状況などについて情報を受けて警戒体制に入り、同日午後七時少し過ぎごろ、右示威行進中の全逓組合員らが同郵便局庁舎にかなり接近して来た気配を知るや、前記通用門(同郵便局中庭とその東側道路とを区切る鉄製柵の中央部に設けられた幅四・八メートルの出入口で、柵に沿って開閉する引戸がある。)の内側に境界柵と平行の一列横隊を作って立ち並び、同所の通行を一時的に遮断する措置(ただし、引戸は開いたまま)をとった。

ところで、被告人は、前記のように当時全逓福岡中央支部書記長の地位にあって、右集会や示威行進を主催した全逓福岡地区本部青年婦人部とは直接の組織系列になかったため、その計画に参劃することもなく、また右集会等に自ら参加することもしていなかったが、同日午後五時過ぎごろから前記金丸ら管理職員の動きの平常と異なるのを知り、これが右集会等に参加した全逓組合員らの福岡中央郵便局構内への立入りを阻止するためのものであることを察知するや、右立入りを阻止されることは不当であると考え、右金丸ら管理職員のとる措置を実力で妨げようと企て、そのころ同郵便局構内に居あわせた全逓組合員ら一〇名位を呼び集め、さらに同組合員一名に前記示威行進中の全逓組合員らと連絡をとって若干名を直ちに右通用門付近に連れて来るよう命じた。そして、被告人は、同日午後七時すぎごろ、前記のとおり金丸ら管理職員二〇数名が前記通用門内側にいわゆるピケッティングを張ったのを見て、右のようにして呼び集めた仲間ら二〇数名とともに外側道路から右通用門に駈けつけ、右金丸らの作る横隊の中央部にくさびを打ち込むような形でこれを右中庭奥の方へ押し始め、このため右金丸らの横隊が次第に中央部から後退して行き二つに分断されたのち、被告人側の一人づつが右金丸ら管理職員各一名に正対する形となってさらに中央部から左右に押し開き、こうして分断された右金丸ら管理職員が右通用門の左右にほぼ平行した二例の縦隊を形作るに至るや、その内側に同様に二列縦隊を作ってこれと相対峙し、右金丸ら管理職員の右通用門に近づくのを阻止するためのいわゆる逆ピケッティングを張った。

(罪となるべき事実その一)

第一  被告人は、こうして右全逓組合員ら二〇数名による逆ピケッティングを作らせたのち、しばらく付近をうろつくなどして様子を見るうち、同日午後七時一五分過ぎごろ、前記示威行進をして来た全逓組合員ら三〇〇名位の隊列がニュースカーを先頭にして右通用門にやって来て、右ニュースカーが右通用門から右福岡中央郵便局中庭にその車体を乗り入れるや、右示威行進参加者らの同郵便局構内への立入りの制止、現に立入った者に対する退去命令の発付等の職務に従事していた右金丸成(当時四五歳)が右組合側の逆ピケッティングの間を走り抜けて右ニュースカーの直前に立ち、両手を広げてその進行を制止する姿勢をとるとともに大声で入構を禁止する旨右ニュースカーの運転手に向って叫ぶに至ったため、右金丸に対し、同人の右斜め側面からその体に強く一回体当りし、さらに、これにいったんよろめいたものの立ち直って再び前同様に右ニュースカーの前に立ちその進行を制止しようとした同人の右側面から再度その体に一回体当りする暴行を加え、もって同人の右職務の執行を妨害した。

(犯行に至る経過その二)

福岡中央郵便局に勤務する全逓組合員らは、昭和四四年当時、年次有給休暇を請求しても管理者側から休暇の取得には所属課長の承認を必要とするという前提をとられて、容易にその承認を得ることができず、これに強い不満を抱いていたところ、同年四月一九日、同郵便局第二集配課所属の全逓組合員北島利夫および一法師金男がかねてより申出ていた翌二〇日に年次有給休暇を取得したい旨の請求を同課主事城戸真純から承認できない旨告げられたため、同日午後三時ごろから前記所在の同郵便局局舎三階の第二集配課事務室において、右北島らが右城戸に対し不承認の理由の説明を求め、これに同課課長代理江藤勉と全逓福岡中央支部副支部長吉村敏明が加わって話合いをしているうち、直接の担当者でない同課課長代理力丸効一が口を挾んで「やれないものはやれぬ」という趣旨のことを言ったため、同室内にいた全逓組合員らが騒ぎ出し、右力丸を取り囲んで抗議などしはじめ、これを知った同郵便局第一集配課所属の全逓組合員らも右第二集配課事務室に入って来て、全逓組合員らが合計六〇名位同室内に集り、同室内をかなり騒然とした雰囲気で包むに至った。このため、管理者側は、前記同郵便局長能条彬が第二集配課において集団抗議が行われている旨の報告を受けて、前記同郵便局次長金丸成および同郵便局庶務課長安部友教に対し、管理職員らを使い庁舎管理権を発動して事態の処理にあたるよう指示し、これにより同日午後三時二〇分ごろから同三時四〇分ごろにかけて右安部、同郵便局保険課長安田弘、同郵便局第一郵便課長高田光則、右金丸ら管理職員が次々と右第二集配課事務室に赴いた。

(罪となるべき事実その二)

第二 被告人は、同様に知らせを受けて同日午後三時二〇分過ぎごろ右第二集配課事務室に至り、右安部ら管理職員四、五名が同室内にいる全逓組合員らに「解散」「室外に退去せよ」などと呼びかけているのを見るや、かねてより同郵便局管理者らの強権的な事態処理を不快に思っていたこともあって、右安部ら管理職員を室外に追い出して全逓組合員らの気を鎮め、組合側に有利に事態を収拾しようと決意するに至った。

(一)  被告人は、同日午後三時半ごろ、同室内において、前記安田弘(当時四六歳)に対し、室外に出ろという趣旨のことを申し向けたうえ、同人を室外に追い出すため同室課長席付近から同室出入口まで一〇メートル余りにわたり移動しながら、両手で同人の胸、肩を突き、背後から同人の右腕を掴み膝で同人の尻や腰を蹴り、相対面してその腕を掴んで引きずり、また、背後に回って同人の両脇に両手をまわして抱きかかえるなどの暴行を加えた。

(二)  被告人は、同日午後三時半過ぎごろ、同室内において、課長席南側付近にいた前記高田光則(当時四〇歳)に対し、前同様室外に出ろという趣旨のことを申し向けながら、右手を同人の首に巻きつけ、あるいは同人の左手を掴むなどして、同人の身体を同室出入口方向に向い引つ張る暴行を加えた。

(三)  被告人は、右(二)の犯行の直後ごろ、同室内において、前記金丸成がその直近にいるのを発見するや、右高田を掴んでいた手を離して右金丸に近づき、同人に対し、「次長、お前出れ」と申し向け、同人を室外に追い出すため同室計画係席付近から同室出入口まで一〇メートル位移動しながら、両手で同人の胸を突き、体当りするように押し、背後から抱きかかえるようにして押すなどの暴行を加えた。

二、証拠

(証拠の標目)(略)

(証拠説明)

弁護人および被告人は、本件各公訴事実について、判示第二(一)の安田弘に対する暴行の点に関し被告人が同人を判示第二集配課事務室の出入口付近数メートルにわたり抱きかかえて室外に出した事実があるのみで、その余の各点に関しては被告人はすべて無実であり、被告人は福岡中央郵便局管理者らがいわば捏造した事実によって起訴されたものであると主張している。そこで本件各証拠を検討するのに、検察官請求にかかる各証人すなわち本件において被害者とされている同郵便局次長金丸成はじめ同郵便局管理職員らは、それぞれ本件各公訴事実に相応する証言をし、一方、被告人自身はもとより弁護側請求の各証人すなわち被告人と本件当時その行動をともにした仲間ら(当時はすべて全逓組合員)は、それぞれ弁護人および被告人の主張事実を裏付ける供述ないし証言をし、他に公平な第三者とみるべき者の証言も客観的な物証も一切存在しないから、結局本件においては総体として右検察側証人らの供述を信用するか被告人および右弁護側証人らの供述を信用するかによって被告人の有罪無罪を決定することとなる。そして、たしかに右検察側証人らの供述は、その供述全体を通じて、管理職の立場から本件当時活発な組合活動家であった被告人およびその指導下にあった当時の全逓福岡中央支部に対する偏見ないし感情的嫌悪感が窺われ、その意味で被告人の行動についてもかなり誇張して述べているとみられる部分も多々存するが、各証言それぞれにおいて前後一応一貫し、相互間で微細な喰い違いを除けばとくに著しく不合理な矛盾もなく、総体として完全な創作による事実を口裏を合わせて述べたと認めうるような証左は一切見出せず、結局これを信用できないとする理由は存在しない。これに対し、被告人および右弁護側証人らの供述は、右検察側証人らのそれと全く裏返しの意味で、福岡中央郵便局管理職員とりわけ前記金丸に対する反感や感情的対立感に満ちており、それは別として、右供述には判示第一の事実の関係および判示第二の各事実の関係それぞれにおいて総体として合理的に説明困難な矛盾点が存し、被告人および右弁護側証人らの供述に信を置くことはその意味で困難である。

まず、判示第一の事実に関して、被告人の当公判廷における供述ならびに右弁護側証人である証人石村昌弘、同梅崎邦昭、同高島伸一および同北島三夫の当公判廷における各供述中には、被告人が管理職員らの動きを知ったのちの被告人らおよび管理職員らの行動について次のような供述がある。すなわち、被告人は、前記金丸ら管理職員の動きを封じるために福岡中央郵便局内にいた全逓組合員を呼び集め、これが一〇名前後しかいなかったため、連絡者を走らせて、すぐに集団示威行進中の隊列から一〇数名の全逓組合員らを先に連れて来させたうえ、被告人を含む合計二〇数名がすでに通用門内側で一列横隊となってピケッティングを張る管理職員ら二〇名位の前面に同じく一列横隊となって立ち、やがて被告人らが徐々に管理職員側を構内に押し込むようにした結果、管理職員側のピケットラインを通用門両端から内側に半円形を画く形とし、被告人らがその前面にいわばぴたりと張りついて相対峙し、その状態をしばらくつづけたが、そのうち、被告人は、右ピケットラインの後方で前記金丸が同局庶務課長安部友教に何か耳打ちしているのを発見し、半ばからかうためその間近に近ずき手を耳にあててきき耳をたてる様子をしたところ、近くにいた管理職員の一人の黒岩昭二に「次長、聞かれていますよ」と怒鳴られ、さらに怒った右金丸から手で被告人の身体をどんと突かれてよろめくに至り、そのため被告人が「それ」というや、右全逓組合員らが一せいに金丸めがけて駈け寄り、同人を取囲んでいわゆる洗濯デモをかけ、これに驚いた管理職員らは、右金丸を残して一時に局舎内に逃げ込み、右金丸もまもなく全逓組合員らに解放されるや局舎内に逃げ込んで、通用門付近には管理職員らが誰もいなくなり、その後全逓組合員らは、警戒のため、元の位置で内側に向けた半円形のピケットラインを作ったが、管理職員らは局舎内から恐る恐る様子を窺うのみで何の妨害もできず、しばらくして郵便逓送車が右通用門から入ろうとしたので、全逓組合員らは一時ピケットラインを開いてこれを通し、さらにしばらくして前記示威行進が到着するや、平穏裡にこれを中庭に入構させた旨の、ほぼ一致した供述がある。そして、この供述について検討するのに、右供述したところが真実とすれば、被告人ら全逓組合員二〇数名が管理職員らの前面に立ち並び始めてから右示威行進の隊列が到着するまではかなりの時間的余裕がなければならないと考えられるところ、証人高良伸一および同田原重美の当公判廷における供述中では、被告人の走らせた連絡員が右示威行進中の隊列に出会ったのは右通用門から五〇〇ないし六〇〇メートル離れた福岡市舞鶴二丁目付近の路上であり、また、右隊列から先に被告人らの応援に戻った者らが右通用門に到着後二五分位して右示威行進の本隊が到着した旨述べ、これをも信用するとすれば右時間的余裕は二五分程度ということになるが、右供述のように五〇〇ないし六〇〇メートルを二五分要するということは、右示威行進の隊列が一分間に二〇ないし二四メートルの速度で歩いたことを意味し、一般に人間の歩速といわれている一分間に六〇ないし七〇メートル(時速四キロメートル)に比して、いかに婦女子を含む示威行進であっても蛇行進その他特殊な行進形態をとらない限り遅きに失する。のみならず、この時間の点について検察側証人の供述をみると、これがほぼ一致して、管理職員らは、午後七時過ぎごろ示威行進の接近して来る騒音を聞いて始めて右通用門に阻止線を作り、これが被告人らによって左右に押し拡げられたのちまもなくの午後七時一五分過ぎごろ右示威行進の隊列が右通用門に到着した旨述べており、管理職員らが阻止線を作ったのが右示威行進の隊列の接近の気配を知ったのちであるとする部分はこのような場合の通常の人間の行動として合理的と考えられるから、右時間的経過についての供述は信用でき、結局、これと対比してそれ自体合理性を欠く被告人および前記弁護側証人らの供述はまずその時間的経過の点において信用できず、さらにこれを前提とする被告人らの行動の点に関しても信用できないというべきである。

次に、判示第二の事実に関しては、被告人の供述ならびに弁護側証人である証人梅崎邦昭、同北島三夫、同吉村敏明、同北島利夫、同播磨由隆および同鐘江伸秀の当公判廷における各供述は、一致して、判示第二(三)の被害者である金丸成はその際第二集配課事務室に一歩も足を踏み入れていない旨述べている。そして、もし右供述部分が真実であるとすれば、判示第二(三)の事実が存在しないことになるのはもとより、本件各公訴事実の立証の主柱ともいうべき右金丸の供述の信用性が根底から崩れ、すべての事実を否定的に認定すべきこととなるが、逆にもし被告人の供述および弁護側証人らの供述中の右供述部分が信用できないものとすれば、被告人および右弁護側証人らがこの点において完全に一致しているだけに口裏を合わせたのではないかとすら疑われ、その意味でその供述が全体として信用できないものになるのはいうまでもない。そこで右供述部分の信憑性について検討すると、これらの供述においては、右金丸が室内にいなかったことのいわば証左として、同人は福岡中央郵便局内において全逓組合員らの組合運動に常に厳しい監視の眼を光らせ、ささいなトラブルにもいつもまっ先に現場に駈けつけて来て、非人間的なほど冷い態度で解散命令や退去命令を発するので、その所在は誰の眼にも直ちに分るのであるが、本件の際は室内で同人の姿に全く気ずかなかったから、同人が室内にいたはずがない旨述べ、かつ、同日午後三時四〇分過ぎごろ被告人が同郵便局庶務課長安部友教とともに室外に出ようとして出入口前に赴いたところ管理職員らの手によって外側から扉を閉められて開かず、室内にいた全逓組合員らが閉じ込められ、そのため全逓組合員らが立腹して一時右安部を取囲んで抗議する事態も発生し、一方、管理職員ら数名が同室東壁に取りつけられている貨物用エレベーターで室内に入り込もうとして、全逓組合員らから追い返されるということもあり、結局一時間近くしてようやく右出入口の扉が開くに至ったが、その際同扉外側に右金丸が立っていた旨述べているが、これらの供述にはそれ自体重大な矛盾が存在するように思われる。すなわち、真に右金丸が同郵便局内のいわゆる労使間の紛争の場には常に姿を表わして管理職員らの陣頭指揮にあたっていたものとすれば、なぜに本件の際だけ右集配課事務室内に入っていつものような措置をとらなかったのか、とくに検察側証人らおよび弁護側証人らともにほぼ一致して当時同局内においては労使間が険悪な状態にあり、管理職員らが全逓組合員らのいわゆる集団抗議などを危険な行動とみていたと述べるのであるから、右のように右安部に対する抗議もあったというのであれば、その時点においてでも右金丸が室内に飛び込んで右安部を救出するなどの行動をとったはずと思われるのに、なぜに右金丸がそのような行動にも出なかったのかが、前記弁護側証人らの供述によっては合理的な説明が不可能である。なお、同室出入口扉を管理職員らが外側から閉めて開かないようにしたとの点についても、それではなぜに管理職員ら数名が貨物用エレベーターで同室内に入ろうとした(そのようなことがあったことは前記検察側証人らも述べる。)のか疑問であり、この点も一個の矛盾である。したがって、被告人および弁護側証人らの供述中の本件の際右金丸が第二集配課室に入って来なかった旨の部分は、種々の矛盾を含み、結局これを信用できないというべきであり、とすればさきに述べたような理由により被告人および前記弁護側証人らの供述は判示第二の各事実に関しても全体として信用性がないという結論にならざるをえないのである。

以上の次第で、被告人の供述および弁護側証人らの供述は、前記のとおり判示第一の事実の関係および判示第二の各事実の関係それぞれにおいて総体としてこれを信用することができず、一方、検察側証人らの供述は、感情的反感から生ずる誇張は含むものの、総体としてはその信憑力を肯定すべきものと考えられるから、結局、本件各公訴事実は前掲「証拠の標目」挙示の各証拠によってその証明が十分なされたものというべく、弁護人および被告人の無罪の主張は失当である。

三、法令の適用

被告人の判示第一の所為は刑法九五条一項に、判示第二の各所為は各同法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号(ただし、刑法六条、一〇条に従い、軽い行為時法である、昭和四七年法律第六一号罰金等臨時措置法の一部を改正する法律による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号を適用する。)に該当するところ、右各罪についてそれぞれその所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、その二分の一を被告人に負担させることとする。

四、弁護人の主張に対する判断

(一)  弁護人は、判示第一の事実について、全逓組合員らが判示示威行進後に福岡中央郵便局構内において解散集会を行うことは、当時の同局における労使関係から極めて正当かつ必要な組合活動であったのであるから、同郵便局局長能条彬がその有する庁舎管理権に基ずいて右解散集会を開かせないために右示威行進の参加者の構内立入りを禁止したことは組合の団結権に対する侵害であり、したがって同局長の命を受けて判示金丸成が行った右示威行進参加者の構内への立入りの制止等は適法な職務の執行とならず、本件において公務執行妨害罪は成立しない旨主張する。

しかしながら、一般的に公企業であると私企業であるとを問わず、ある企業で働く労働者らがその労働組合活動のために当該企業の施設を当然に利用できる権利を有するということはもとよりありえず、本件のように多数の組合員らが集って集会を開くのに当該企業の建物敷地等を使用するについてはこれに関して当該施設の管理権者との間で合意を必要とすることはいうまでもない。そして本件の場合、郵政省庁舎管理規程によれば、庁舎の目的外使用、庁舎内における演説、示威的行動は原則として禁止され、正当な理由があって業務の運営に支障がない場合に庁舎管理者が許可したときに限ってこれが許されるにすぎないから、たとえ福岡中央郵便局に勤務する職員らのみで構成される労働組合の組合活動としても、本件のような集会を開くには庁舎管理者の許可を要することが明らかである。そして実質的に考えても、全逓組合員らは、判示のとおり、三〇〇名位の多数が、いったん福岡地方簡易保険局前で集会を開いたのち、福岡中央郵便局までニュースカーを先頭に示威行進をして来て、そのいわゆるデモ隊列のまま同郵便局中庭に入って解散集会をしようとしたものであり、一方、前掲「証拠の標目」挙示の関係各証拠によれば、組合側で右解散集会を開くについて庁舎管理者に許可の申請すら行っていないこと、本件時刻は午後七時過ぎごろとはいえ、当時同郵便局内においては他の職員らによって速達業務その他の業務がなお行われていたこと、また同郵便局中庭は昼夜を問わず郵便物逓送用の自動車がひんぱんに出入りする場所であることなどが認められるから、なお同郵便局が公務所であって同庁舎は本来公共的目的にのみ使用されるべきものであることにも鑑み、同郵便局局長能条彬が庁舎管理権に基ずき右庁舎管理規程による判示全逓組合員らの構内立入り禁止の措置をとったことは、もとより適法かつ正当である。したがって、判示金丸成が右能条の命を受けてした判示示威行進参加者らの構内立入りの制止等の行為が公務員の適法な職務執行であることはもはや議論の余地なく明らかであり、さらに被告人の判示第一の暴行行為が右職務の執行の妨害となることもいうまでもないから、本件において公務執行妨害罪の成立が認められるのは当然である。

なお、弁護人は、冒頭の被告事件に対する陳述中で、被告人の判示各所為はいわゆる可罰的違法性を欠くとの主張もしているが、右主張は、その前提となる事実関係において当裁判所の判断と異なる事実を主張しており、その意味において右主張は前提において失当であるのみならず、各犯行そのものの態様などに加えて、各犯行に至る経過、これによって生じた影響その他本件をとりまく一切の状況(判示第二の各所為に関しては、後記のとおり管理者側の庁舎管理権の発動が権限の濫用となるという事情も含めて)を考慮しても被告人の判示各所為が公務執行妨害罪または暴行罪として法の予定する違法性を具備することは明らかであり、社会的に処罰に価しない程度の軽微なものであるなどということは到底できない。

以上のとおり、弁護人の主張はいずれもその理由がないので、これを採用することができない。

五、判示第二の各所為について、公務執行妨害の訴因に対し暴行の事実を認定した理由

検察官は、判示第二の各所為について、判示福岡中央郵便局保険課長安田弘、同局第一郵便課長高田光則および同局次長金丸成はいずれも、同局局長能条彬の命を受け、判示第二集配課事務室内でいわゆる集団抗議中の全逓組員らに対して庁舎管理権に基ずいて解散退去を命じ、かつ不法行為の警戒、制止、現認等の職務を執行していた事実を訴因に掲げ、被告人の判示各暴行はいずれも公務執行妨害罪に該当する旨主張している。

この点、前掲「証拠の標目」挙示の関係各証拠によると、たしかに判示安田弘、高田光則および金丸成がいずれも本件の際福岡中央郵便局長能条彬の命を受けて、庁舎管理権の発動により右第二集配課事務室内に謂集する全逓組合員らに対し解散退去を命じ、不法行為の警戒、制止、現認等の職務に従事していた事実はこれを肯認できる。

しかし、前掲「証拠の標目」挙示の関係各証拠によれば、本件は判示のとおり全逓組合員である北島利夫および一法師金男の年次有給休暇(以下「年休」という。)の請求に対し第二集配課主事城戸真純から不承認という措置がとられた旨告知があったことに端を発するものと認められるところ、労働基準法三九条による年休の取得については使用者による承認という観念を容れる余地なく、当該労働者が時期を指定すれば使用者による適法な時季変更権の行使を解除条件として有効に休暇が成立する(最高裁判所昭和四一年(オ)第八四八号同四八年三月二日第二小法廷判決、民事判例集二七巻二号一九一頁等参照)のであるから、判示のように全逓組合員ら六〇名位が第二集配課事務室に集まり抗議など始めたことについては、右郵便局の管理者側が年休の取得には承認が必要であるとの誤った前提をとり、右北島らの年休請求に対して不承認という違法な措置をとったこと(この点、検察官は、時季変更権の行使があった旨主張するが、証人城戸真純および同北島利夫の当公判廷における供述によっても、具体的に年休を取得できる時季の指定があったことは疑わしく、第一〇回公判調書中の証人金丸成の供述部分中に「就業規則の中にも本人が請求したからといって年次有給休暇をもらえるものではないんだということははつきりさせております」との供述があることからも認められるように、同郵便局の管理者らが年休には管理者らの承認が必要であるという前提で右北島らの年休請求を処理したことは明らかであり、本件において適法な時季変更権の行使があったかどうか合理的な疑問が残る。)において、管理者側の責任が重大であるうえ、前掲「証拠の標目」挙示の関係各証拠によれば、右北島らと右城戸らとの話合いに対し右第二集配課課長代理力丸効一がやれないものはやれないなどと全逓組合員らの感情を逆撫でにするような口を挾んだこと、全逓組合員らの本件の際の抗議などは自然発生的であって、あらかじめ計画的に仕組まれた争議行為、怠業などではないこと、いいかえると全逓組合員らがそこに集ったのは、判示第一の場合のような組織的な組合活動としての集会などを行うのと本質的に意味を異にしていたこと、その際被告人の判示各所為を除けば特段の暴行や脅迫の行われた形跡はないこと、その際右第二集配課事務室内に集っていた全逓組合員らの多くは、もともと同室にいるべき同課の職員らであったこと、一方、年休問題は労使間の団体交渉事項の一つとなりうるものであるにもかかわらず、本件当時、同郵便局においては管理者側が特定人の年休問題について団体交渉に応じる見込みは事実上なかったこと、また、同郵便局においては全逓組合員らが容易に年休を取得できないことについてかなり不満のあったことなどの事実が認められるから、これらの諸事情を総合して考えれば、本件のような場合、全逓組合員らが多数集ってやや騒然とした雰囲気を生じ表面的には庁舎管理規程に触れる事態にあったとしても、管理者側は、ことが労働者の労働基準法上の権利にかかわるという本質を考慮して全逓組合員らに十分納得のできる説明をしたり、組合代表者らと直ちに話合いを行うなどの健全な労使間の常識に基ずく適切な処置をとるべき義務があったものと考えられ、にもかかわらず管理者らが本件の際全逓組合員らから十分事情を聴取することすらせず、直ちに庁舎内におけるいわば警察取締的立場から庁舎管理権を発動して全逓組合員らに対し解散退去命令を発し、これを違法行為者としてその警戒、制止、現認等の措置に出たことは、労使対等の原則にも鑑み、庁舎管理権の濫用であって許されないものといわなければならない。すなわち、前記安田、高田および金丸の庁舎管理権による解散退去命令の発付等はいずれも、その権限を濫用してなされた無効なものであって、これを適法な職務執行ということができないと考えられるのである。

したがって、被告人の判示第二の各所為は、外形上は公務の執行を妨害する行為であるもののようにみえるとしても、右のように右安田らの職務の執行が不適法かつ無効であって、同人らが公務員としてその職務の執行にあたっていたとすることができないから、結局、本件においては刑法九五条一項に定める公務執行妨害罪の構成要素を欠き、同罪の成立は肯定できないことに帰する。もっとも、本件各訴因についてはその範囲内において判示のとおり各暴行の事実が認定でき暴行罪の成立があるので、被告人に対し無罪の言渡をすることはしない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本時夫 早舩嘉一 清田嘉一)

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